『生まれ変わらないあなたを』公式インタビュー
色々な人のことを考えて作ったセカンドアルバム
――ゆっきゅん、いま楽屋ですか?
ゆっきゅん:自宅(笑)。
――後ろにズラリとお洋服がかけてあって、楽屋にしか見えない(笑)。
ゆっきゅん:今着てるのはNCT WISHの服。今日このあとa-nationに行くので。あゆ観てきます。
――私は今日はこのあと宇多田ヒカルのライブ。あゆも宇多田もライブをやるというなんだかとんでもなくすごい日に、ゆっきゅんのセカンドアルバム『生まれ変わらないあなたを』のインタビューができるなんて光栄です。今作が音楽的にすごく面白いことになっていて、今日はそのあたりもぜひ訊きたい。
ゆっきゅん:ぜひぜひ。私のロールモデルは木村カエラとYUKIで、歌詞だけ自分で書いて曲は好きな人に作ってもらうスタイルじゃないですか。男の人ってそういう人ほとんどいないんですよね。男性は曲も書くべきと思い込んでるのかな。私のインタビューっていつも歌詞と生き方のことばかり訊かれてそれはそれでいいんだけど(笑)、音楽の話もしたかった。
――それらは全部つながっていると思っていて、というのも、今作はより多くのみんなを色んな局面で優しく包み込んでくれるようなアルバムだと感じたんです。1作目がDIVAというものを紹介してみんなをぐいぐい引っ張って元気づけるような作品だとしたら、今回は歌詞もサウンドもバラエティに富んでいて、もっと聴く人の心の機微に入り込んで365日24時間あらゆるシーンで寄り添ってくれるような作品。だから躍ると同時に泣きそうになるし、アートワークの柔らかい空気感にもそれがあらわれていると感じました。
ゆっきゅん:なんか、優しいってよく言われるんですよ。優しい曲を作ろう! とはもちろん思ってないんだけど、優しい気持ちになるような相手や大切に思う主人公について書いていると、そうなるのかもしれません。今回のアルバムは、色んな人のことを考えていたんです。前作は、「これは歌っておかなければいけない」という感じのアルバムで。あらかじめチェックリストがあって、これをやりたいあれはやらねば、と自分を紹介していった。あれくらいやらないと聴いてもらえないかな、って思ってたし。でも今回は、話を聴いてもらえるだろうと信じてやってみたところがある。
――リスナーと信頼関係が築けてきた。
ゆっきゅん:あと、アルバムを作りたかったんですよ。「ログアウト・ボーナス」のデモを去年の9月末くらいにもらって、これは大切な曲になると思った。今までバンドでレコーディングもしたことなかったけど、この曲が浮くような形にはしたくないなと思って。だったら、生音の割合を増やせばバランスとれるかなと思って、バンドサウンドを増やしていった。色々な人のことを歌いたくて、そうなると色んな音が必要だったし、色んなありがたい出会いもあって、12曲で12人のことについてそれぞれに合う音を作っていきましたね。
――12種類の優しさが詰まっていて、だから音楽性も多彩ということですね。今回、セカンドじゃないですか。そもそも、セカンドアルバムというものについてゆっきゅんはどのように考えてましたか?
ゆっきゅん:セカンドアルバムってやばくて、本当に本当にやばいですよね。やばいしか言ってない。だって、私はあゆで『LOVEppears』が一番好きなんですよ。この部屋でもずっと『LOVEppears』のポスターが私を見てるわけです(と言ってカメラをまわして部屋を映す)。生まれ変わらない私をね。それで『勝訴ストリップ』を聴いたら、ちょっと待って「本能」と「ギブス」と「罪と罰」を先に出さないといけないってこと? って思うわけです。ハードル高っ。大森靖子のメジャー2作目は『TOKYO BLACK HOLE』だし、安藤裕子の『Merry Andrew』もだし、君島大空の『no public sounds』もセカンド。それで、アルバムってどうやって作るんだっけ?! ってなって……結局わかんなくて、一曲一曲いい曲を作ることなんだよな、って思ってそれに専念しました(笑)。
――(笑)。コンセプトの軸がしっかりと一本通ってますよね。ゆっきゅんがついに「アルバム」を作った、と思った。
ゆっきゅん:えー、良かった!
プライベート・スーパースターのMV制作秘話
――ぜひ順番に全ての曲の話をしたいんですけど、まず「ログアウト・ボーナス」は梅井(美咲)さんのピアノがすごいなと思いました。楽しさがすごく出ていて。
ゆっきゅん:そうなんですよ! 梅井さんは天才なので、少ないテイクの中でも色々と試してくれて。アウトロも、上にいく音階か下にいく音階かっていうので2パターン演奏してましたね。すごく良いですよね。楽しさの話をすると、この曲は1時間くらいで歌詞が書けてえんぷていの奥中(康一郎)くんに渡したら「退職の曲で、情景としては愁いを帯びている部分があるし仕事を辞めるというのはもちろん楽しいわけではないんだけど、できるだけそれを明るく表現したいよね」ってなって。柴田聡子さんの楽曲って、歌われる感情の内容と、それをどう歌って奏でて表現するかというところに冷静な視点や距離があって、悲しいことも明るく歌ってるみたなのがかっこいいなと思って。他にも、安藤裕子さんの「ポンキ」っていう曲は完全に喪失を描いているんですけど、ヘラヘラしていて泣けるんですよね。そういうふうに、何を歌うかだけではなくて、どういう方法で表現するかを今作はちゃんとやりたいなって思った。そうしたら半日後にはもうデモが届いて、サラッとできた曲。実際、「ログアウト・ボーナス」ってリスナーに届くのがすごく早くてすんなり浸透していったんですよ。やっぱりスムーズに作れたものって心に届くのも早いんだなと思った。
――職場をサラッと去っていく潔さ、とも合ってますよね。しかも、ゆっきゅんが初めてバンドでレコーディングした曲だとか。
ゆっきゅん:曲ができてから、君島さんや梅井さん、高橋(佳輝)さん、神谷(幸宏)さんに声をかけてバンドメンバーを集めました。初対面同士の人もいて、そこで歌以外はせーので合わせた。みんなのグルーヴ感が楽しくて、煮詰まる暇もなく完成したかな。今回はマニフェスト的な曲がないんですけど、この「ログアウト・ボーナス」を作れたことでアルバムのイメージができあがりました。1曲目ということも決めてましたね。まだアルバム曲は他に何もできてなかったけど、エンジニアの柏井(日向)さんには、1曲目という情報はミキシングする時に方向性が定まりやすくてありがたいと言われました。
――「生まれ変わらないあなたを私が見てる」という歌詞がすばらしくて、なんだか遠巻きにみんなに寄り添うような優しさを得た曲ですよね。
ゆっきゅん:山田優の「REAL YOU」で「生まれ変わったわたしを見てよ」という歌詞があるけど、いやいや生まれ変わらないあなたを私が見るよ、って思って。そのフレーズを二度繰り返すのは奥中くんのアイデアでした。
――「無職のグリーン車 のどごしが違う」という歌詞も好き。「グリーン」と「のどごし」でKIRINのビール=仕事からの解放感を想起させながら、でも「無職」という寂しさも添えつつ……ということは、これって何か飲んでいたとしてもビールじゃないんだろうなって思います。
ゆっきゅん:これは、なんか思いついちゃったんですよね。あまり飲んでいるものを固定したくなくて、ここには任意の飲み物が入ります。
――そこから「幼なじみになりそう!」への流れもスムーズ。元はsommeil sommeil(ソメイユ・ソメーユ)への提供曲ですね。
ゆっきゅん:女の子三人の深夜のパジャマパーティみたいなのを書いてほしいっていうオーダーで、もう任せろって思って(笑)。そんなのいくらでも書けるしと思って、女の子の友情ファンタジーを描きました。
――「ねえねえ洗顔貸して」とか歌詞がハマってるし、最後の高音がノリノリでいい。
ゆっきゅん:「朝まで踊る」っていうところですね。原曲の雰囲気も大好きなんですが、私なりの「朝まで踊る」のダンスはこっちかも? と思って、キーも自分用に変えないといけないので、アレンジも新たにお願いしました。私が何曲も何曲もリファレンスを出したら、鯵野滑郎さんは「グルーヴィな感じね」とすぐアレンジの方向性を理解してくれて。北海道からレコーディングにも立ち会ってくださって、最後は予定にないフェイクで「ハアアァァ~ン!」って高音出した。もう爆笑だった(笑)。ミキシングの段階で最後のクレッシェンドも誇張したし、楽しさだけでできてる曲。
――で、その流れで「プライベート・スーパースター」にいくと。この曲は……どこから語りましょうか(ため息)。今年一番のMVだと思います。ゆっきゅんと君島さんとMV監督の阿部はりかさんで旅行に行き、そこで動画を撮り……これは、元々MV撮影も兼ねた旅行だったんですか?
ゆっきゅん:それが、全くそういうわけじゃなかったんですよ。MVとか関係なく、ただただ一緒に遊んだり旅行に行ったりしていたのを撮ってただけで。最初の「プライベート・スーパースター」という文字を書いているところだけMV用に直近の旅行で撮ったんですけど、それ以外は完全なプライベート動画なんです。だから、縦サイズなんです。MVの方向性を迷っていた時に、映画監督の長久允さんに阿部さんと一緒にお会いする機会があって、相談してみたんです。そのとき阿部が「なんか作ってみたんですけど」って今までの旅行とかの動画を繋げた30秒くらいの試作MVを持ってきてくれて、長久さんに見せたら「もうこれじゃん。絶対これがいい。撮ろうとして撮った映像はこういうのを超えられないから」って言われたんです。
――あぁ~、確かに。あれは超えられないですね。ジャケ写が「い・け・な・い ルージュマジック」のオマージュというのも話題になりました。清志郎と坂本龍一の姿に重ねられていて……泣ける。
ゆっきゅん:私と一緒にやるからには普段の君島さんがやらないことをやった方がいいと思っていて、色々挑戦してもらいました。でも、曲自体はとにかくカッコいいものにしようと話していて、B’zみたいになることを想定していました。
――ギターも弾きまくってるし。
ゆっきゅん:私の曲って普通に作ったら20代から30代の労働者について書いてしまうんだけど、この曲は珍しく10代の鬱屈としたところから始まる青春をイメージしましたね。
――ゆっきゅんの、この後も含めた代表曲になるでしょうね。
ゆっきゅん:そう思います。最後の歌詞を書けたときに、良かったなと思った。「悲しみももう怖くないんだよ」というのは曲が届いた時に思ったことで、それを繰り返そうとしたんですけど、喜びはどうなんだ? と。そうしたら「喜びももう寂しくないんだよ」って出てきました。自分で書いたんだけど、書いてて「この主人公は喜びさえ寂しかったんだ」って知った。
誰かに似せようとしても似ない!
出過ぎるゆっきゅんカラー
――「かけがえながり」は声のバリエーションが豊富ですね。
ゆっきゅん:歌声として使えるかどうかはさておき声色の引き出しは多いし、カラオケではものまねも得意な方だと思います。それに、曲の雰囲気にあった声を出したい。この曲は、かけがえのないことをかけがえなく歌っても仕方ないので、クールなトラックにしてもらって、もう少しひねくれて歌いました。私の視点自体はひねくれていないんですが。「かけがえないっていうのは~」、と組み立てる感じのものではなくて、偶発性や一回性というかけがえのなさについて書いたので、サビ以外の歌詞は今書いたら別物になるかもしれません。
――「年一」は、ゆっきゅんが「ドタキャン友情2step」と言っている通り、これも孤独を軽快に歌っていて、そういうところは「ログアウト・ボーナス」にも近いなと思いました。
ゆっきゅん:この曲から、MVはもう自分が前面には出なくなっていて。それよりも、曲のイメージが情景として浮かぶようになった。あと、これはつやちゃんのおかげでできた曲なんですよ。
――というと?
ゆっきゅん:つやちゃんが『GINZA』で書かれていた「キラキラふわふわ漂うダンスミュージックで宇宙へ」という記事を見て、アレンジの方向性を決めました。今や私がインスタでいいねをし合っているNECTAを知った記事。他にも、ここで紹介されていたBÉBE YANAやCIFIKAをめっちゃ聴きましたね。作曲家にも聴いてもらって、デモの方向性を話して。2stepみたいなサウンドをやるなら今年中だよね、もう(NewJeansの)「Super Shy」出ちゃってるから、って言って作りましたね。
――わー、役立ったなら嬉しいです。
ゆっきゅん:K-POPのアイドルではなくて、韓国の女性トラックメイカーの楽曲をたくさん聴きましたね。それに、「年一」はクリスマスソングを作りたかったというのもある。夏歌とか失恋ソングとか、J-POPで大喜利をやるのが好きなので、そろそろクリスマスソングもやっとくかって。yellowsuburbさんの作曲なんですけど、いつも歌詞をつけるのが難しい。私は歌詞で口語を使うのにこだわりがあって、普段喋ってるような感覚で書きたいし、日本語の会話のグルーヴを曲に持ち込みたいんです。そうすれば聴いてる人と友達みたいになれるかもしれないし。ラップぽくなってる曲もありつつ「韻は来年踏みまーす」という感じなんですけど、喋ってるようなイントネーションを曲に反映できたらいいなと思って作りました。
――yellowsuburbさんは「日帰りで」も作曲されていて。次の曲はラブリーサマーちゃんがリミックスしたという「Re:日帰りで–lovely summer mix」ですね。このリミックスは本当に素敵です。初めて聴いた時に、こんな甘酸っぱいメロディだったっけ?! と思ったし、海でカルピス飲みながら聴きたい曲ナンバーワン。
ゆっきゅん:これヤバいですよね。ラブサマちゃんがすごくロックな感じにしてくれて、それを聴いて「ここって2番のAメロだったんだ?!」とか思った(笑)。あの曲の構造に今更気づかされました。ノスタルジックで、最高の思い出が始まるって感じ。私にとってもファンの人たちにとっても、大切な歌ですね。
――だから泣けるのかな。夏の甘酸っぱさをすごく表現している曲で、私はDo As Infinityの「SUMMER DAYS」とかを思い出します。
ゆっきゅん:Do As Infinityを思い出してくれるなんて嬉しい!
――そして次の「遅刻」は、ゆっきゅんがセルフライナーでユーミンの「DESTINY」を自分なりに書くならばこうかな? と説明していましたね。
ゆっきゅん:自分は歌詞において情景描写ができないんだ、という自己卑下が止まらなかった時期があったんです。それでユーミンを聴けばいいんだと思って1から聴き直していったとき、「最後の春休み」や「5cmの向う岸」を聴いていたら、情景描写のやり方は真似できなかったけど、こういう瞬間を切り取って歌にすることができるんだなっていうのはなんとなく分かったんです。色々聴いたけど、やっぱり似てこない。じゃあもう似ないんだったら何を意識しても大丈夫だって思った。自分は、こういうのをやるぞと思ってもそうならないんですよ。似てねーよ、って。だからむしろ「似せます!」って公言してもいいんですよね。だって私、「隕石でごめんなさい」はどうしても矢野顕子の「ひとつだけ」みたいな曲になるなぁ……って思ってたけど、聴いてる人からしてみたら似てねーよバカって感じだったし(笑)。
――ほっといても、ゆっきゅん色が出過ぎるからね(笑)。
ゆっきゅん:どうやっても滲み出てしまうのが個性なんだなと思いますね。「DESTINY」は、好きな人と再会して今日に限って安いサンダルを履いてたというのが好きな情景描写としてあるんだけど、「遅刻」もそういう感覚を想定して書きました。あとは「遅刻」というタイトルで私が曲を出したら寝坊とか遅刻とかの歌になると思われるだろうけど、寂寥感のある歌詞にして裏切りたかったというのもありました。
――全ての曲に、明確なリファレンスやインスピレーション源があるのがすごいですね。次の「だってシンデレラ」は、エレクトロポップで。ノンアルなんだけど、完全に酔っぱらってるという曲(笑)。
ゆっきゅん:この曲は児玉(雨子)さんが書いてくれたんだけど、下戸の曲ってないよねという話になって。私も児玉さんも下戸なので。歌詞は先に児玉さんが9割くらい書いてくれたものの空欄を埋めて、あとはどこを変えてもいいよって言われたので一部私が変えたりしたものを完成させました。あとはやっぱりアレンジではTommy february6をやろうかなと思って、Tommyバイブスを入れてもらいましたね。なんかTommyがリバイバルされてるっていうけど、別に音楽的なリバイバルはしてないのでじゃあ私がやりますって感じで。「ノンアル・エレクトロポップ」のエレクトロっていう言葉も最近あまり聞かないけど、Perfume世代としては言いたかったので言ってます。
――本当にサウンドがコロコロ変わって面白いんだけど、エレクトロポップかと思ったら次の「lucky cat」はセクシーなボーカル曲。
ゆっきゅん:「lucky cat」は、実は「カラオケまねきねこ」の英訳なんです。変えるつもりの仮タイトルだったんですが、結局これに落ち着きました。カラオケボックスの中で完結する話で、モテるボーカルを意識してイケメンのつもりで歌いました。
――カラオケで隣の部屋から聴こえる、っていうシチュエーションね。あ、ラルクかな? みたいな。
ゆっきゅん:そう。これは友達の友達(女性)がカラオケで歌っていたラルクがめっちゃ良くて(笑)。私は曲名は分からないんだけど、ラルクだというのは分かった。そういうの、カラオケでよくあるじゃないですか。
――まず、メロディがイケメン。壱タカシさんの作る曲ってとても素敵で、この曲も終わり方がお洒落ですよね。
ゆっきゅん:良いですよね。最初はもうちょっと暗めの耽美な曲を考えてたんですが、歌詞の内容が浮かんでこなくて。それで次に、2000年代のR&BシンガーっぽいJ-POPを作ってもらいたいってお願いしました。「SAKURAドロップス」みたいにアウトロで歌い続ける曲が好きなので、やりましょうと。最後だけ急に歌詞が俯瞰になるんですよね。「こんな半日を宝石にして 思い出しては生きる それでいいのか」と、そんなこと突然言われましてもって感じだと思うんですけど。
――そして「今日は僕の誕生日だよ you know?」と続くという。
ゆっきゅん:そう、あれは24時を超えて誕生日が来たということですね。
――あぁっ、そういうこと…!
ゆっきゅん:書いたあとに気づいたんですけど。24時超えた……ってことか! 23時くらいからカラオケはじまったのか! と。そういうの多いんです、書いてから気づくみたいな。お前が書いたんだろって。
気持ちはつたわる(BoA)。
描かれる多種多様なゆっきゅんの感情、伝え方の工夫
――シチュエーションもサウンドも多彩だけど感情の起伏もすごくて、次の「シャトルバス」はちょっとまた違った気持ちが描かれています。
ゆっきゅん:自由に受け取ってもらいたいと思ってるんですが、こちらとしては結婚式のため息みたいなのがテーマの曲ですね。アルバムにはピアノだけの曲が必要だから、梅井ちゃんにお願いしたんです。ともさかりえの「シャンプー」みたいな、悲しみによりすぎない雰囲気にしたかったですね。先に「こういう人がこうなって」みたいな物語を梅井ちゃんに送ってそれで作ってもらったんですけど。できるだけ淡々と歌いたいと思ってたんだけど、私は淡々と歌うことがまだできないので、結果的にミュージカルナンバーみたいな歌唱になった。小品という感じにしたくてエレピでやろうって話してたんですが、スタジオに昨日調律したっていうグランドピアノがあって、試しに合わせてみたら「やっぱりこっちじゃない?!」となっちゃった思い出。
――アルバムだからこその曲ですよね。J-POPのアルバムには必ずこういう曲がある。
ゆっきゅん:すでに出ている曲だけど、アルバムの流れで聴いてほしいな。
――「次行かない次」は、最後のギターがすさまじくて失恋の物悲しさがあらわれていると思いました。
ゆっきゅん:「次行けない」じゃなくて「次行かない」というのが私の作詞の感じ。バンドじゃないとできない曲をやりましょうということで、8分の6拍子のバラード曲を作るのが巧い奥中くんが作ってくれました。最後は「雨ニモマケズ」的な歌詞で、ストーリーに時々載せてる長文みたいな感じで、そういうの得意なんですよ。理路整然とはしていないけど心に近い感じの歌詞。歌詞を先に送って、奥中くんからデモが送られてきた時、6分40秒だったんです。長くない?! 奥中くんは私との仕事がすごく楽しいんだね! ってそれが嬉しくて。しかもカッコよかったんです。あと「ゆっきゅんのアルバムがコンパクトである必要はないです」って奥中くんに言われて、その通りすぎて感銘を受けました。でも、1番と2番の間の間奏のトム・ミッシュみたいなギターソロでイントロやアウトロも作られていて、落ち着きすぎかもって思ったので、「この人はもっと気持ちの整理がついてないしもう少し若いから、もっと激しくやってほしい」と伝えたら、今みたいな激しいギターになった感じ。1番と2番の文字数は合わせたつもりだったんですが、奥中さんって2番のBメロを違うコードのメロディに変えるんですよ。それも素敵で。
――やっぱり、どの曲もゆっきゅんのディレクションがけっこう入ってるんですね。
ゆっきゅん:そうですね。あと、奥中さんがギターソロを録っているとき、だんだん一人で煮詰まってる感じだったから、レコーディングブースから私が一人で念を送ったら本当にいいテイクが録れた。BoA的に言うと、気持ちはつたわる! って思って。 このアルバム、ずっと気持ちはつたわるって感じで作ってます。君島くんとのレコーディングでも、「今めっちゃ良かったね!」「うん、いま君島くんのことを考えてたからね」とかそういうのばっかり。気持ちでやりました。
――最後の曲が「いつでも会えるよ」なんだけど、「僕たちは何だかすべて笑ってしまうね」って歌詞があって、このアルバム全部がそうだなと思いました。なんか、それに尽きる気がする。
ゆっきゅん:確かに! この曲は、アルバムの最後の曲を作りたくて。「アルバムの最後の曲」というものをすごく研究してもらいました。「もうこんな狭い部屋でセカンドアルバムを作りたくない!」っていうので引っ越したんですけど、ルームシェアを解消して家を去るという区切りがテーマの曲。『大都会の愛し方』の「ジェヒ」という韓国の小説にもインスパイアされましたね。「ジェヒ」はルームシェアしてた友人が結婚によりいなくなるという話。私にとってはこのアルバムで一番泣ける曲。「いつでも会えるよ」というタイトルをレコーディング前日に思いついて、来た! ってなったんですよ。曲の中では「いつでも会える」という言葉の意味自体とは含意が少し変わって聞こえると思うんです。私はそういうのが多くて、「NG」という曲でも「了解」という言葉の意味を変えてる。実際、「いつでも会える」って言うことで、本当にいつでも会えるよって気持ちはあってもなかなか会えなさが際立ってしまうところがあって……。それに、今年は「やっぱりすごいぞ中島みゆき」というモードになっていて、中島みゆきの影響を受けたいと思ってたんですけど。「涙−Made in tears−」っていう前川清に提供した曲があって、「男運は~悪く~なかった~」って弱弱しく歌うんです。いや、悪いじゃん? 散々な目にあった人の歌い方じゃん? って思うじゃないですか。だから、歌詞ってやっぱり歌われてはじめて意味が伝わる。そういうことをしたいなと思ってたし、言葉だけではなくてそれが歌われて初めて意味が伝わるっていうことにトライできたかなって、まあこれも後で気づいた事なんですけどね。「いつでも会えるよ」はそういう感じで歌ってる。
聴く人の感性を低く見積もるのではなくて、
届くと信じてやる
――全曲解説を聞いて、なんか今すごい感情が沸き上がってきてるんですけど……恋愛とか友情とか、言ってしまえば使い古されたテーマじゃないですか。でも、それを実生活と地続きのところで具体的な体験として細部まで描いていくことで、フレッシュに聴こえてくるという魔法を感じた。今色んな話を聞いていて、そういえばそんなことポストしてたなとか、この二年間のSNSから伝わってくるゆっきゅんの日常がアルバムとリンクして迫ってくるところもあるし。
ゆっきゅん:そうです。人生、これでした。引っ越しのこともずっとポストしてたしね。
――それに、すごく曲制作に参加してますよね。
ゆっきゅん:「シャトルバス」はアウトロをなくして「開けない」ですぐ終わらせてもらったり、「lucky cat」はイントロをなくしていきなり歌から始まるようにしてもらったり、けっこうオーダーしちゃってますね。あと歌詞のイントネーションやニュアンスのためにメロディの変更を提案したり……。ミックスとかも含めて、今までよりどんどんこうしたいっていう要求が浮かんでくるようになった。みんなで音楽を作るのが楽しかった。
――そう、ゆっきゅんがどんどん前に出てディレクションすることで、筋が通ってるから散漫に聴こえないんだと思います。だって、ロックにエレクトロポップに2ステップにピアノ曲に、けっこうバラエティに富んでるじゃないですか。それに、そういった雑多性やオールジャンル感って、J-POPそのものだと思う。J-POPはそうやって作られてきたものだし、だからこのアルバムは紛れもないJ-POPになっていると思うし。ずっとそれを愛してきたゆっきゅんが作る正真正銘のJ-POPアルバムが完成して、とても感慨深い。
ゆっきゅん:ありがとうございます。同世代の才能ある友達と、素敵な作品を作れた。それに、意外と作曲家の色に染まるようなアルバムでもないというかね。自分が歌詞を書いて歌ったら、もう大丈夫だなって思えるようになりました。テーマとしてすでに歌われるものだとしても、どうにかそこを更新したいし。「次行かない次」とかも失恋ソングのその先を意識してるし、私の曲の主人公は主体性があるから「次行けない」じゃなくて「次行かない」になる。恋愛をしたいようにするだけじゃなくて失恋もしたいようにするみたいな、まだ歌われていないことを歌っていきたいです。共感や言語化の先へ連れて行きたい。そうやって、個人的で普遍的なことをポップスにしていきたい。まだまだ曲が足りなくて、誰のどんな時でもあてはまるような曲をもっともっと作っていきたい。ゆっきゅんのたくさんある曲の中で一曲だけ分かるとかでもいいから、色んな人に届けていきたいです。
――全人類に、ね。
ゆっきゅん:うん。今はまだ、すばらしい感性の方しかお気づきになってないから。
――インディペンデントで音楽活動をやっているアーテイストの、創作という側面でも多くの人の参考になると思います。色んな人と一緒に作って形にしていくことや、幅広い音楽性を吸収しつつもそれぞれのジャンルに回収されずアーティスト独自のカラーを出していくこと。そして、楽しく作り上げていくことで、その楽しさに対して聴き手がどんどん集まってくるっていう……それって本当に理想だと思うんです。
ゆっきゅん:うんうん。今回私はすごく頑張ったけど、でも音楽なんて頑張ったからいいものができるわけじゃないじゃないですか。それに聴く人からしたら、頑張ろうが何だろうが本当にどうでもいいことだし。でも、君島さんが「ゆっきゅんは今回本当に頑張って、それで本当に良いものができて、それって理想だよね」って言ってくれて泣きそうになったんですよ。
——あぁ……。
ゆっきゅん:というか、こんなこと別にやらなくてもいいのにわざわざやってるわけで。お金も時間も使って、別に寝てたいし映画とか観てたいし(笑)。でも、全然やりたいことができなくて数か月めちゃくちゃ忙しくしてても、1番やりたいことはこれだったので、このアルバムができたから良かったなと思える。あとね、インディペンデントで活動をやってる人の中で、自分が一番オーバーグラウンドな音楽を目指しすぎてると思う(笑)。
――確かに(笑)。
ゆっきゅん:私はポップスが一番カッコいいと思ってるし、ポップスって聴く人の感性を低く見積もるのではなくて届くと信じてやるものだから。そういう信条が自分の中にあるんですけど、奥中くんも君島くんも、それですごく影響を受けてくれたみたいで嬉しいというか驚いてます。スタジオでも、もっと歌番組みたいな感じで、例えば『NANA』の「ENDLESS STORY」みたいな……とか伝えたらどんどんやってくれるようになっていったし、ゆっきゅんと仕事してから恥ずかしいことがなくなってきてるって言ってくれた。そういう力を、リスナーにも与えたい。
――以前ゆっきゅんが、美しさよりも自分が面白いかどうかを大事にしてるって言ってたのをすごく覚えていて。そっか、ゆっきゅんはそうだよねと思ったんです。でも今回のアルバムを聴いて、創作の面白さを追求する過程で同時に美しさも立ちあがっているなと思った。正直、セカンドでそこにたどり着くなんて想像してなかった。ゆっきゅんはもう、面白さと美しさを両方手にしているし、それにちょっと感動してしまった。
ゆっきゅん:確かに、美しさを優先するよりも、そういったものからこぼれ落ちてくる哀愁や可笑しみといったものを大事にしてきてますね。美しいと思っていることはあるけど、美しく書こうとした歌詞はないかも。それは「ログアウト・ボーナス」のレコーディングとかでもそうだったかも。すごく楽しくて、みんなとスタジオでやってる時に「こんな楽しい現場なかなかない!」って言われてたし。MV撮影もずっと楽しかったし、渋谷WWWのライブの時はPAさんも「いえーい!」って感じだったし。君島さんは、「笑顔の絶えない職場」って言ってくださってた。確かに、って思った(笑)。
――素敵! 「楽しい」って、いいですよね。
ゆっきゅん:なんか、いい気がする。
――というのも、美しさってやっぱり規範的なものになりがちで、人は美しさの価値基準を決めたりそれにそぐわないものを批判したりするわけじゃないですか。それってすごく窮屈な時があって、でも楽しいっていうのは縛られないものだし、結果的に楽しいことをする中で美しさが立ち上がってくるのであればもう十分なんじゃないかという気がする。そう考えると、今はもう美しさよりも楽しさの時代なのかもしれない。それをゆっきゅんは、今作で体現していると思います。
ゆっきゅん:無敵ってコト…?(笑) でもさ、楽しくないとやってらんないよね。だって、当たり前だけど自分で全部お金出してやってるわけじゃないですか。誰に頼まれたわけじゃないのに。しかも、それで人の時間や才能を使わせてもらってて、いくら私が姫とはいえ「私の自己実現にお付き合いくださってすみません」という申し訳なさがあるわけですよ。だからせめて楽しんで帰ってほしいし、みんなが楽しそうだと私が嬉しくて泣きそうになる。
——楽しさの先に、こういう素敵なものが生まれて本当によかった。
ゆっきゅん:例えば「次行かない次」は、<APPLE VINEGAR-Music Award->の歌い出し部門とかが創設されて賞を獲ってしまうよねって話してる。誰かが「いつも音楽家だけが出てるけど、ゆっきゅんはそろそろ無視できないんじゃないですか?」って言ってくれると信じてます。
――色んなものを覆して、全人類に影響を与えてほしい。そういう力があるアルバム。今日はありがとうございました。それじゃあ、今日はこのあとお互い最高のライブを観てきましょう。